寺西進三郎氏略歴

 

 


1938年 和歌山県日高郡美浜町に生まれる
1967年 お茶の水美術学園修(小松崎邦雄教室)
     林武氏の自叙伝「美に生きる」を読み、内弟子志願した事から
     面会を許され、自作を持込み、教示を受ける。
1968年 里見勝蔵氏に出会いその後1981年の同氏没年まで師事する。
1973年 林喜市郎氏と民家を訪ねての取材を始め、同氏晩年まで継続。
1979年 欧遊
1999年 日本美術家連盟会員推挙
     フランス取材
     日本の美「富士」(美術年鑑社刊)掲載
2000年 読売新聞大阪本社主催「名士名流作品展」出品(大阪松坂屋他)
2001年 第29回写実画壇展招待出品(箱根彫刻の森美術館)
     読売新聞大阪本社主催「名士名流作品展」出品(大阪松坂屋10月25日〜30日)
     現在無所属日本美術家連盟会員

小生はお茶ノ水の夜間の美術研究所に通っていた25、6才の頃、
林武先生の自叙伝「美に生きる」を読んで感動し、
捨て身で内弟子志願の手紙を出しました。
でもそれはかないませんでしたがこれを機に画家になりたいと
"強く思い勤めを辞め、アルバイトを探していたところ
不思議な縁でその先生宅に訪問したときに知った、
中野のブロードウェイセンターに小さな画材店を始めることになり、
その事を再度手紙お出したところ、面会を許され、店名を揮毫して頂いた上に、
自作を持ち込んだ私に生涯の制作上の指針となる貴重な教示を頂きました。
神に出会ったような感激の27才のこの日が後々私の心の財産となり支えとなって、
後に新人発掘の画廊への意義を感じて画廊に転向したルーツとなっています。
そして自身も今日まで画家志望を捨てず、
近年画家として立つ強い決意へと繋がってまいりました。
その後31才で里見勝蔵先生の知遇を得てずっと師事する事が出来ました。
画廊も平坦な道ではなく厳しい現状ですが、長男も1子の親となり
来年には29才となりますので会社はゆずり、
私は名実共に画家としての人生を驀進しようとする新たな決意をかためました。
ただそのような矢先の昨年二月に妻が癌による1ヶ月の入院で永眠しました。
この思いもよらない苦境を高二の次男と二人世帯で乗り越えてまいりました。
思えぱ遠い廻り道をして来たようにも思いますが
人それぞれの道程があり、私にはこの様なデコボコ道しかなかったのかも知れません。
しかし日本の洋画史に残る二人の偉人に
直接教示を受けた幸運児はそうはいないと思います。
両先生の凝縮したエキスのようなものが私の胸に残っています。
特に林武先生とは一期一会で貴重な啓示のようなものを受けたように思います。
今後は師の名を汚すことのないよう何としても
一人前の画家となりたいと念願しています。

 

へらぶなの世界
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る  Hpme

 

Copyright(C)華麗なる競技へようこそ