人生とは旅人のようなもの
 
 
 
 
めぐり合ったホームページ
ガン病棟からの脱出
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  名古屋で入院の時 いつもお世話になった滑川さん
私が糖尿になって36年ぐらいになる

痩せていて胃下垂のため体が弱かったのを丈夫になりたいとひたすら食べる事に専念した結果がお酒は適量以上にあったが、甘いものを食べた記憶はない。
名古屋で3回も入退院を繰り返した時、当時一水会の仲間でもあって聖霊病院の看護婦さんの滑川さんのおかげで、名大病院にも緊急入院できた。

 

  東京に引っ越してから20年程前、ダンスのレッスンに東名を走らせて通っていたさい日本そばで昼食をすま せて いた折、自分が意識して口に入れたのではなくが勝 手に動いてそばを引っ張り込む事がまれにあったそれがすんなり 喉を通ればお腹がすきすぎてそうなったと笑って話もできるが、それがピタリと喉をふさいで喉がとても痛いので生唾を飲んでしばらく休んで少しずつ残りを食べた。 
  その後も、東京でもしばしばあり水を飲んでやっと飲み込みそんなに大量にかきこんだ訳でもないのに、どうしてこうなるのか、不思議と心配で神経科の先生に話しても分からなくて、糖尿の薬と空腹状態の関係かとも思っていた。
  その状態がひどくなり、蕎麦が詰まっただけでなく余り苦しく痛いので、水を急いで飲んで流し込もうとしたら・・・その水が全く喉を通らず鼻から溢れ出たのである。
   一滴の水も通さないほど少量のそばを喉の筋肉が吸い付いているのだ。
   急いでトイレに行き、指2本でかき回し吐き出して命を取り留めた。

 

 

2003年

8月19日



そうした中、8月19日「北極」から帰り、久しぶりの日本のランチを横浜で食べる時、少量の奴豆腐を大切に一口、口にした時、蕎麦でないのに喉が変に動く
そんな気配で少量水を飲むと、それが喉を通ることなく、少量の流動物のようなも のであるから、今までのようにつまりはしないが喉がひくひくと動いてすぐには出なかったが、友人に付き添われて、トイレで吐き出した。
やはりとてもショックであった。
北極より帰国
8月20日
東京女子医科大学病院


月1度の検診で主治医にその事を話したら喉が痙攣するのかもしれないから消化器で見てもらうとよいといわれ、消化器の中で喉に詳しい先生を予約して帰った。
糖尿定期検査
 (女子医大)
8月28日

喉の説明をしたがやはりこの話はどの先生もはじめて聞く事らしく、食道が細くなっているかを踏まえて内視鏡で見る事になった。
それをするなら胃のほうもお願いして、内視鏡は嫌だが久しぶりに見てもらおうと思った。
消化器
9月12日
検査に時間がかかるし、あちこち見て何かされているので・・丁寧だがやはり内視鏡はきついなと思っていて
終わったら、胃の近くに腫瘍の悪性が1つ有り食道ガンと言われた。
1センチに満たないものだから内視鏡で取れるとの事。
検査の結果30日に予約を取って帰宅する。
寝耳に水である。
消化器 
(内視鏡)
食道癌
9月13日
食道ガンって何だろう?夜中に「検索」で「食道ガン」と
YAHOO!に打ち込んでみたら・・・
ガン病棟からの脱出この1つだけがでてきた
ポツリと
12日、胃に近い食道がただれていて、そのそばに小さな腫瘍が出来ていて組織を採っ たとの事・・「食道癌」と思うが小さいので内視鏡で簡単に手術できる事聞き30日に 結果を聞きに出かけます。それでホームページでここを知り、メールいたしました。
とメールを出す。
 
9月14日
 オミノです

お電話致しましたがお留守なのでメールします

ステージが0で経験豊富な医師なら内視鏡的削除は可能です。
何とか内視鏡で済ませたいですね。

内視鏡で駄目な場合、放射線化学併用療法が残された選択肢の一つです。
しかし糖尿病がある場合、抗ガン剤の使用が出来るか?

担当医に内視鏡で摘出した経験数を率直に聞くことです。
遠慮は命取りになりますよ。


 
ガン病棟からの脱出 からであった!

内視鏡の場合もやはり入院でしょうか?
糖尿で食事の事がありますので・・・
またよろしくお願い致します。
それからステージ0の意味良く分かりませんでした。
とびっくり、お礼と質問のメールを出したらすぐに電話での丁寧なアドバイス・・・
最後に力になって何でも教えてあげるが、自分だけのものにしないで、みんなに伝えて欲しいとの事。
そうだ!みんな、こういう時、頭真っ白だ。
私も体験を記録に残し、みんなに伝えよう!!

 
9月15日

オミノさんのアドバイス通り、国立ガンセンターにメールにて9月12日女子医大にて「食道癌」の初期と言われ先生の外来担当が火・木であるため25日以降に検査の詳しい結果を聞きにいらっしゃいと言われ・・予約では25日満員のため30日になったがそれまでの間、癌センターにて検査結果出したいただけないかとの問い合わせを出し、電話でもその旨、尋ねたら、電話はソーシャルワーカ(病気になると、身体の事ばかりでなく、さまざまな心配ごとが出てくることがあります。
当院では、そのような心配ごとの相談をおうけするために、ソーシャルワーカーがおります。
患者さん、ご家族と一緒に病気のことや生活のことを考える係りです。)・・・
そのチーフのお名前病院にて聞いたので早速電話したら、女子医大の検査結果(データ)を持って来たほうが受け入れやすいとの事、・・・その方が良いと納得して30日まで慌てないで待つことにした。
 
9月17日
メール(国立ガンセンター)
上記の内容のメールも癌センターより届いた。

大勢の患者がいる中、丁寧なメールで驚いた。
よし、癌センターに行ってみよう!

 
9月20日
赤羽にも5,6年になるのかしら?・・・よく通ったものだ。自由が丘での石岡会長のサークルで長峰先生と知り合ったが私はほとんど20年間個人レッスンが大部分であったことと、糖尿・右足骨折・展覧会、個展の制作・犬が続けて亡くなる・・などなどでよくサークルを休んでいたが・・・長峰先生のレッスンが丁度私が美術教師してた時、指導を受けたようにその時間内とても無駄なく、分かりやすく、暖かく大勢の会員を指導してみえてこれは今までで1番良いと感じた時は、カップル主体のサークルにありがちな(@競技に出始めると日曜日のレッスンが重なるので出られないA夫婦でない場合が多いカップルは競技用になると難しいの練習できなくでカップル解消が多いB良い指導で目覚めた会員がサークルより個人レッスンに入り、自分達の近くに個人レッスンにつくためサークルにこなくなる)
以上の事柄からまたこのサークルも人数不足で先生不在のため事実上解散になったのを私がこの先生にどうしてもついていたいと埼京線の赤羽迄追っかけ、当時、原因不明のめまいがひどかったので親友がホームや階段が危ないと3回送り迎いのつもりでホローしてくださったがやはり良い先生だということで彼女は私の家よりさらに電車の乗り継ぎもあり1時間かかるのに一緒に行動してくださったが・・・思い返せば寒い冬はいつもの時間に帰宅しても電車の乗り継ぎでホームに15分待たされていたことや、当然、家庭持ちだとお孫さんや四国のお母さんのお見舞いで忙しく、私はそのシガラミがない代わりに歳のせいかやはり大分体が夜遠くに規則的に通うのがきつくなったので・・・20年余続けたダンスもいよいよ限界と感じる。
 
9月27日
親友はお母さんの病状が悪く四国に行って、フォーメーション出られないかも・・・と昨日そのいきさつを、会長に連絡したが・・・彼女はお母さんを持ち直したのを見届け、26日帰ってきて、パーティに穴をあけることなく無事終了。
思い返せば・・・これほど良い思いではないと思う。
 
9月28日
朝、1番で友人は四国のお母さんのもとに飛んだので私一人パーティの打ち上げに参加して事情を話し、お別れ会とする。
名古屋より滑川さんからも電話が入り癌センターで手術が良いとの事・・・
糖尿病のこともあるのでそれを胸に秘めて30日女子医大の先生の説明を聞こうと思う。
 
9月30日



 

 


(病院での資料が薄くてスキャナー出来ないのでそれを参考にsuiの手書き)

9月12日に言われたように癌が1つ見つかった。3ヶ所組織を取ったとの事。
1部ただれていてその傍の腫瘍に薬をつけたら色がグリーンに変わった。
なるほど3枚の写真はとられた切り口を含めて他の2枚と違って写真の色がグリーンである。
とても初期で、普通では見つからないくらいのものであるから心配ないといわれた。
つまり、上記の画像のように粘膜に出来ている。粘膜と筋肉(食道)の間に塩分を入れて採る。
それは、1センチに満たないが粘膜と筋肉とで数ミリと言われた。
したがって、初期で安心ではあるが、@出血、A穿孔の危険があり、
手術の技術がとても難しく、危険との事。
入院手術を勧められ、日程を聞かれたが、今、女子医大は大きく立派になって入るが、
以前のようにどの科も医師の名前が公開されていない。
内視鏡の先生に「先生が手術してくださるのですか?」と聞いても何となくはっきりしない。
20年前に胆石がひどかったので消化器で摘出手術をしてもらったが大勢でしたとの事を思い出し
その先生も今は他に移動しているとの事では、やはり心配であるし、オミノさんや、名古屋から電話を下さった滑川さんの指示通り、「癌センター」への紹介状を書いてもらった。

消化器 食道癌
10月1日
メール

癌センターには9月15日にメールにて女子医大より食道癌と言われその結果を
30日に聞きに出かけますが、その間に癌センターにて内視鏡検査・結果報告お願いできないかとのメールの返事が日にち的に無理であるとのメールが届いた。電話の「ソーシャルワーカ」の方の言われるように、女子医大のデータを持って癌センターに行くことがベストであると言われた。

その旨を月1度の糖尿の主治医に話しそれを明日実行する事と決めた。

糖尿定期検査
 (女子医大)
10月2日  

 

国立ガンセンターはとても安心感のある病院で、初診の手続きを済ませ、
外来の主治医に部屋に入り
ドクター:「女子医大でも立派な先生が見えるのになぜここに来ましたか?」、sui:「20年前に胆石の手術」を受けましたがその先生も他に移り、今、女子医大はどの科も医師の名前が一切表示していないので、誰がどういう手術するのか分からないことと癌ならばこれからもある事・・専門の癌センターで見ていただきたく・・」
ドクター:「よろしい私が引き受けました。手術する人間を今紹介しますから、説明をよく聞いて、入院手続きして帰ってください」
sui:「私の癌は初期と聞きますが、年数はどのくらいで出来たのでしょうか?」
ドクター:「はっきりはまだ分からないが5年位かな???」
sui:「今絵を描かねばならないので・・」
ドクター:唖然として「君のような患者がいるので困るのですよ・・・この間もテニスしてから手術してくれと言う患者が来ました」
sui:「自覚症状が全くありません」
ドクター:「だから怖いのですよ」

電話連絡で内視鏡受付に行き仕事中で10分ほど待ち、現れた先生より、入院を短くするために今日、帰る前に@レントゲン A血液・尿B心電図
C肺機能検査の検査を済ませてください。
それと手術前に下記の事情で内視鏡検査をしたいので10月20日に来院して欲しい。

  1:癌が小さいので、組織を採った際見難くなっていると思う。
    自分は胃につながる位置とその食道の周囲の色合いで確認できるが・・
         しっかり見ておきたい。
  2:胃の潰瘍ももう1度大丈夫か調べたい。
  3:食道があれていて見難いといけないから、お酒を控えた状態で他の部分
    も異常がないか再確認したい。


国立ガンセンター

入院手続き
  (1ヵ月後)
  @レントゲン
  A血液・尿
  B心電図
    C肺機能検査
    以上済

友人宅
  保証人手続き
10月4日 いつものとおりの、制作・プール・パソコンの生活を充実してこなす。

制作・プール・
パソコン

10月5日


マンション総会

私事、私の住んでいるマンションは、築40年余になるいわゆる分譲マンションの走りである。25年くらい前に、名古屋を引き上げるためにずいぶん汚いビルと思ったが、駅より2,3分で落ち着いた商店街に囲まれまた、道一本へだてれば閑静な住宅地、部屋の広さも制作するには明るさも踏まえて快適な場所で一番気に入っている。

ところが、最初からいる人は10年間修繕の積立金もなく過ごし、15年目ぐらいに初めて屋上の防水工事や外装の手抜き工事の後、売り払って、持分の地下の駐車場の権利のみ持って大部分引っ越してしまった。
したがって駐車場は鍵がかかるのだが、入居者でない人が借りて使っている。

今は、遅まきながら修繕の積立金を集めてはいるが、1年ごとの持ち回りの理事で運営される理事会も年1,2度集まるだけで、管理会社と建築関係に明るい一部のボランティアの3人に修繕の事マル投げで任し、古いビルに関する危険性や、それに対する金銭も含めての対策には無頓着で、理事会にも総会にも出席しない人が多く、現在エレベータ・防火・電気関係・などなどのほかもう年数を経ているので、また、屋上の防水や外装の千万単位がかぶさってくるが、数年前にした汚水官の取替え工事で借りた返済が毎年900万余ありこれが平成18年まで続く。したがって現在1年間に使える積立金の残りは300万余である。とてもどの修繕の出来ない金額であるばかりか、ビルだけでなく、人命にもかかわる。それでも住民はボランティアの人にありがたいと任せて自分の財産を自分の努力で守ろうとしない。そして、余分のお金を出したがらないため、無駄な出費が多いのである。
例えば、7階建てのビルの足場を組むには当然数百万かかる。
だから、足場を組んだら通常はそれを利用して手直しすべきところはすべて完了するのが常識であるが、金額がかさむのを嫌がって2回に分けて工事した。1回の工事費用が少なくても足場の費用が2回分である。

こうした状態を正すべくはじめてご一緒した理事長が、長期修繕計画の必要性を住民に訴えて、理事会のあり方、理事会がもっと主体性を持ち、居住者にも目覚めてもらい連帯感を持ち、みんなで修繕に取り組まねばならないとの総会が現理事長の努力で開かれた。

 

入院・準備

マンション総会

 

10月7日

いつものとおりの、制作・プール・パソコンの生活を充実してこなす。
病院と四国行きの荷物整理。

 


10月9日

病院へ、連帯保証人だけでなく抄本もいるとの事で準備する。 戸籍抄本


10月12日

四国行き、朝早いので横浜の友人宅に泊まる。  


10月13日

ホームより病院へ移られたお母さんは大分弱られた。 四国へ
10月14日   四国へ
10月15日   四国へ
10月16日 中井先生へ  
10月19日
 「S&S 22周年記念チャリティーダンスパーティ」
 
10月20日


やっと、国立ガンセンターにて内視鏡の検査を受けた。
注射も打ったので苦痛は少しもなく終わり、その後も、みなベットで安定剤が切れるまで休んで、先生の説明を聞いた。

女子医大の説明図では2層に見えてその間に空間があるようで細かく難しそうな手術ではあるが一応の癌に対する初期との安心感が合ったが癌センターの説明では4層からなり、つながっている。それも摘出して顕微鏡で見ない限りは、2層にまたがっているか分からないとの事・・・3日ぐらいかかる。

2層にかかっていたらそれは内視鏡で採れないから、放射線・抗がん剤になると言う・・・どちらにしても大変な作業と分かった。

癌は1箇所で合ったが摘出して顕微鏡で見てから出ないとステージ0かは分からないとの事であった。3日ほどかかるので入院中にその後の指導・善後策の説明があると思う。

もう1つ問題は10月2日にした心電図より心臓が悪いとの報告であった。5年ほど前に糖尿でコントロール入院の時、その心配が出ていたが・・・動脈硬化らしく「境界線」にあるとの事でその意味は、全身麻酔が出来ない状態と言われたので・・ここ数年間で心臓も急速に悪化したのかもしれない。脳には多発性の梗塞もあるから・・・いずれにしても、そろそろ危険な状態になっている事が分かる。

早速、「動脈硬化」を検索してみる。
食事の本は買ってあったから、入院の時よく見てみようと鞄に入れたが、糖尿病食より豪華のようである。

高脂血症について

動脈硬化との関係

動脈硬化とインスリン抵抗性研究の最前線

じたばたしても仕方ない・・・とにかく、描けるだけ描いて、製作中のを
私のスキャナー:スキャナ  ScanMaker X6 USBの会社がもう撤退したので、調子が悪くて使えないから、入院前にデジカメで作品を撮って、自分もインターネットで見てみたいと思う。

そして毎日プールに行こうと思う。

国立ガンセンター

内視鏡検査
10月26日


ペットお参り

展覧会

 

10月29日
展覧会  
11月2日


癌01
    癌02

展覧会

心臓が悪く循環器系を癌センターにはないので紹介するといわれたせいか・・・プールでは泳がないで毎日1時間水の中を歩いて運動のノルマとする。

こういうことがあるのでリンクに入れておいた「あんしんドクター情報」より検索したら近くの循環器系がすぐ出た。これは以前も役に立ったが便利でインターネットのありがたさを感じる。

 
11月4日 扁平上皮がん

午後、1時手術との事で10時30分入院手続き、13A6に入る。思ったより病棟全体明るい、短期入院の人のせいかもしれない。

病室は完璧に個室並に作られた4人部屋である。

込んでいて夜8時30分〜9時30分手術

入院・手術
11月5日
目が覚めた。喉が思ったより痛む。

後で3人での作業のため通常の内視鏡の3,4倍大きいのを入り口に使用したとの事。

出血も穿孔もなく大成功!!!

お昼より全粥が出る。喉に優しい素材と味付け・・・

点滴・薬・血糖値
11月6日
喉の痛みも和らぎ明日退院との事で注意事項

○ 癌の原因は酒・タバコと思われる(自分でも納得)

○ 普通食:糖尿病に気をつける

○ ダンス・プールは12月まで控える

○ アルコール1週間は絶対禁止

○ タバコ減らす

○ 旅行・遠出1週間は禁止

○ 長風呂・サウナ1週間禁止

次回の予約先生より連絡あり・・・その外来にてステージがどの程度か分かる。

癌の処置が落ち着いてから運動したりしての後、心電図を撮りそれから循環器系の病院へ紹介されるとの事。

退院後の注意
11月7日

午前中、退院

薬 アルロイドG液・オメプラール錠20mg

 

 
11月9日

♪第132回 ミニコンサート♪  国立がんセンター中央病院コンサートボランティア

 

 

<曲目>

  1・ 泉のほとり                   内藤敏子
  2・ ウィーンの森の物語             J・シュトラウス
  3・ 我夢の街ウィーン               R・ジチンスキー
  4・ 映画「第3の男」より
        ハリーライム・テーマ          A・カラス
        カフェ・モーツアルト ワルツ     A・カラス
        ぼだい樹の木の下で         H・フェリックス
  5・ ファッシネーション               F・マルケッティー
  6・ 八十日間世界一周              V・ヤング
  7・ ホームソングメロディー
        エーデルワイス/サンタ・ルチア/ローレライ
        /野ばら/希望のささやき
  8・ さくら                      日本古謡
  9・ 心への道                   G・フロインドルファー
 10・ ふるさと                    岡野 貞一

 

〈プロフィール>.

内藤敏子
武蔵野音楽大学卒業。ヴァイオリン専攻。スイスヘ留学途上、事故に遭遇し、大怪我のため闘病す。
その後、当地でのチターとの共演からチターに魅せられ、ヴァイオリンの演奏活動と共に、10年間J・コーザ女史に師事す。
A・カラス、R・クナープ各氏に受講した。帰国後はチター奏者としてオーケストラとの共演、国内外のテレビ、ラジオに出演、国内各地での演奏や指導、LP・CD製作など幅広く活動す。2001年8月著書<激動のウィーン「第三の男」誕生秘話>を出版す。また、芸術や文化が人間の生涯のエネルギー源になるとの信念を持っている。
日本チター協会の責任者であり、秋篠宮紀子妃殿下の師としても知られている。

チターという楽器は「第3の男」に流れている楽器ということなどなど・・・
2004年1,2月にはインターネットで「音楽楽器辞典」というホームページができるそうで、そこには、なるべく楽器の音も出すように作っているとの事。
内藤先生は昨日、チターの吹込みをされたとの事。

みなさん、楽しみにしていましょうネ! 

 

11月12日
糖尿定期検査(女子医大)  
11月15日
「戦争と平和」

とうとう、今週は病院より予約の電話がなかった。
今度の予約は結果が出てから先生より電話がかかってから出かけることに言われたが・・・とにかくものすごく忙しいのだろう。私のように初期の患者を丁寧によく診ていただけたと思う。
病巣を採った結果第2層までいっていなかったのかもしれない。
ただ、心臓が弱っているとの事であったが、がんと違ってごくまれにではあるが、これは自覚症状があるので精密検査をして緊急時の処置方法を聞かねばならないが・・・これには単なる心電図だけでなく運動をして図らねばならないのだが今、術後のためその運動の検査ができない。
そうした事もあり、病院では術後の内視鏡などなどと重ねて時間を作る予定なのかもしれない。
お薬がまだまだあるから痛くも何も自覚症状がないけれど言いつけを守って生活して待つのみである。
プールでは半分の30分だけ歩くように心がける。
 


11月17日

アメリカンファミリーの書類???に目を通してみると・・・  
11月25日

先生と連絡取れお互いに、タイミングをはずしたけれど結果は問題ない。

27日に病院でこれからの検査」、」心臓のサポート含めてアドバイス・・・

 
11月27日

 



検査の結果病巣は幅7ミリ程度深さは粘膜が数ミリのところのほんの少しのところであって削除成功のためリンパの関係もなく全く心配ないことと言われました。ただ、できる可能性も踏まえて4月・・・それで大丈夫なら1年に1度ぐらいの割で検査する事にいたしました。その流れで12月中に他の・・大腸の検査もして安心したいと思っています。心臓の件は症状を書いていただいて糖尿の私のメインである女子医大に任せる事に致しました。

オミノさん女子医大がんセンターの先生本当にアリガトウございました。

 
12月10日
女子医大

糖尿の結果は悪かったが、これ以上注射の量を増やさないようにともう1度生活を立て直す事にした。心臓は依頼書病院内メールでできるとの事で、帰りに予約したらここでも医師の移動があって初診扱いならいつでも良いと言われ翌日の予約をとる。

 
12月11日
女子医大

10時30分予約をとる。診察の前に「心電図」となっていたのでこれでは先日近くのクリニックで見ていただいたばかりと運動しての「心電図」をお願いしてどんどんまわされた結果、診察してからでなければそれはできない事、そして、今日は混んでいるので、診察は午後の1時か2時になるとの事。

それでは、待っていても意味がないのでキャンセルして家に帰る。

 
12月14日
翌日、大腸がん検査のため8時以降飲食禁止。

寝る前に忘れぬように下剤2錠飲む。

 
12月15日
日比谷線故障でストップ。
銀座よりタクシーで築地へ。すれすれに間に合う。(10時)

3時30分頃、検査の結果異常無しとの事で一安心。内視鏡といえども結構きつい検査である。分野が違うが、手術してくださった先生も始まる前見に来て本当に有難く、心強かった。

 
12月16日
近くの大脇病院へ「心臓」の事で出かけたが、ここには循環器しかないとの事、
また、先生も木・金の午後しか駄目との事。

出直すしかない。

 
12月18日
「心電図」をとった後に、また今日できることと「ふか心電図」をとった。

今は大丈夫だが、長い糖尿生活と年齢の事も考えてここではできないが自分のいる大学病院でカテーテルの検査を受けるとよいとの説明を受ける。

時々、見つかりにくい心臓の検査をふか心電図でしばらくお願いしたいと言う。

MRIがあるとの事で、予約する。(何と・・明日がよいとの事)

ここの院長先生が脳の専門なのだ。金曜日が対応の日であった。

 
12月19日
とんとん拍子にMRIの検査を受け・・・梗塞はあるが年相応といわれこれも一安心である。一人でこれからやっていくのに自分の健康状態を把握する事は大切な事である。なぜなら分かっていても、健康によいという生活ばかりはしてられない意志の弱さがあるからである。
 

 

 

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