第3日 8月6日(水)

都市名

時間

交通

日程 (宿泊地)

終日クルーズ  
■ 船は、フランツ・ヨーゼフ諸島へ向けて航行します。
■ 船内では、ヤマル号の船内ライフが始まります。
  船長以下、スタッフの紹介をはじめ、安全装置や救命胴衣の着装、
     及び現地レクチャーなどを行います。

午前 9:00

午後9:00

北緯71度53分05秒

北緯75度28分68秒

東経35度56分33秒

東経40度36分35秒

スタッフの紹介、乗下船の案内、避難訓練。
  船長同席のにぎやかなディナー
  バレンツ海を静かに進む。

 

スタッフ紹介


キャプテン

機関室を受け持つアレキサンドロ氏

アナトリー氏(通訳)

元在大阪ソ連/ロシア総領事館副領事
        現モスクワ外語大学    教  授

講師の経歴紹介


ビクター先生:Victor Boyarsky

ナターシャ先生 Cherrova Nataliya

太田昌秀先生

太田先生の論文
アニアン(地図のある論文)  アニアンという地名が時代と共に世界地図の中で
  移動してゆくものがたり・・・英文


1973年 サンクトペテルブルグ電気工学卒業 
     電波物理学者
1973年〜88年 北極南極研究所に勤務
           その間、5回の北極探検
           6回の南極探検に参加
1988年 デンマーク領、グリーンランドを南から北へ縦断
1988年〜90年 南極の1番長いルートを横断
1997年〜2003年 14回北極へのソリによる探検を行う
 現在、サクトペテルブルグの北極、南極博物館館長
ペトロサボドスク国立大学卒
12年間ムルマンスク海洋生物学大学で勤務
そこでバレンツ海の植物学を研究
1990年からロシア科学アカデミーのサンクトペテルブルグ支部植物研究所で、北極海の魚類の研究を続ける
生物学修士取得

1956年 北海道大学卒業
1961年 同大学院修了、理学博士
               理学部助手
1964年〜66年 オスロ大学地質研究所へ
          post doctrafe fellow(奨学生)
1968年〜70年 ネパール、ヒマラヤ調査探検(副隊長)
1972年 "Geology of Nepal Himalayas
                (出版 秩父宮賞 受賞)
1972年 ノルウエー国立極地研究所転職
      以後、2000年まで同研究所主席
       研究院 教授
      この間北極圏30回、南極6回探検
      ヒマラヤ、アルプス、アンデスも歩く
      国際北極海航路プロジースト科学委員 
             (1991年〜97年)
2003年 退職 ハーフタイム嘱託とsh手在籍中
 

   

モスクワ名レストラン・サヴォイの
アレキセイシェフさん

 

KURMASHEV  Dimaと仲間

ドクター

   

船内のBar

 

リューバ(通称 愛子)さん (通訳)
日本にも在住経験有り

ワールド航空の添乗員4名

通訳のナターシャさん


アナトリーさんの子息
ミハエルさん(通訳)
日本の学校に通われたそうで
とても日本語お上手

添乗員 渡邊 浩一さん
同じく  高野 佑子さん

 


操舵室にて連絡する高野さん


添乗員 浅野 清美さん


 

 

                  

KURMASHEV  Dimaの思い出 

 

   


お別れに正装で尋ねてもらいDimaに感謝!

 

 

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