風化させたくないを通り抜けた人々
 
ランチョンマットより《岡野 武男 氏 (三代目) 》
龍土軒を通り抜けた人々 が
【ランチョンマットになってます!
Yahoo!より検索        数字はランチョンマット参照
1 猪熊弦一郎 2 中野 正剛 3 香月軍人 4 山本丘人 4 吉岡堅二 4 東山魁夷 4 北川桃雄 4 河北倫明 4 安藤鉦一
(画商)
洋画家。
一時米国に在住。
商業美術にも
活躍する。
アメリカ帰国時、
来店。猫好き。
政治家。東方会会長。
毎年九州実家より
猪一頭送って来て、龍土軒猪会会食
していた。
司団長。
これは現在、
防衛庁裏門前に
司団長官舎有、
新年に部下が
名刺交換挨拶に来た時、龍土軒二代目、
料理出前した時
書いてもらった。
           
4 雪合子 人民日報より

5 土肥原軍人

6 柳田國男 参拾壱頁より

7 小山田
仲之丞

歴史が眠る多磨霊より

8 西郷従徳

9 中村白葉 10 オノサセオ
ONOSASEO
舞鶴「海」ものがたりより

11 藤山鶴城

12 野田宇太郎
  司団長。
香月司令官と同官舎にて書く。
昭和12年元旦と
記されている。
文化勲章を拝受された翌日、二代目甚内と三代目武男2人が成城の先生のお屋敷にお祝いに行き
書いてもらった。
海軍少将。
昭和5年5月に記載。
侯爵西郷従徳様は、隆盛の孫である。
目黒の西郷邸に
二代目が出前出張に行き書いてもらった。
明治文学者。
ロシアの「トルストイ」の翻訳をした人。
龍土軒四代目までの大切なお客様。
死亡す。
漫画家。
この画を描いた3日後に日劇ミュージック
ホール会場、
マドロスパイプ
コンク場で死亡。
日本画家。
横山大観と同期の人であり、
二代目が非常に大切なおつきあいをした
お客様です。
九日会集合の会で
毎月野田先生が
中心になって、
九日に集まり、
羽田元総理
(この頃、成城大学の学生であった)
12 石田幹之助 12 徳田一穂 12 野?堅・ 12 谷口吉郎 12 杏奴 12 小林哥津 いのは画廊より

12 鱸 利彦

13 桑木宗明 いのは画廊より

14 鱸 利彦

日大先生 徳田秋声の子供   建築家 森鴎外の子供 油絵画家。
店のモンマルトルの丘を描いた人
軍人。
昭和13年【軍国春】と記されている時代をしめている司団長である
昭和32年7月1日。一陽会例会。
油絵画家の集まり
14 高田徳太郎 14 萩野家児 14 米良道愽 14 中田 ? 14 長谷川
三千春
14 山谷 ? 14 竹下不二男 15 鈴木信太郎 15  山路真?
昭和32年7月1日。一陽会例会。油絵画家の集まり 一陽会
15 竹村 勝 15 野間仁根 15 近藤長三郎 15 植木 力 16 高島ヤチ江 17 柳生俊久 18 白享程
(ハクリョウエイ)
19 柳澤 健 国内の古書より

20 二荒芳徳

一陽会 防衛庁の人で
この宴会は
日本駐在各国軍人官の集まりであり、
高島様は国際語が
上手である
剣の柳生家本家主人 満州国の軍人で
青山の陸軍大学
留学生と満州国軍人
第一の陸大生
龍土軒裏の
アパート生活をして
食事の面倒をみていた若いころである。
当時は中尉であった
元仏蘭西大使をやり外交官である
昭和17年4月に
家族で来店にて
書いた
伯爵二荒芳徳様は
ボーイスカウト
総裁をしていた人で
ある。 死亡
21  島崎藤村
s12年死亡
21  田山花袋
s5年死亡
21  正宗白鳥 21  上司小剣 21  加藤
作次郎
21  前田 21  岡村 千秋 21 中村白葉 21  白石実三
田山花袋君の記念
21  松波次郎 ProjectG/top pageより

22 高見 順

22 田宮虎彦 22 若杉 慧 22 円地文子 22 大谷藤子 22 千田九一 22 中尾 彰 22 新田  潤
田山花袋君の記念 昭和36年12月9日 
日暦忘年会
昭和36年12月9日 日暦忘年会
22 砂原 彪 22 高見 順 22 矢口耕平 22 石光 ? 22 村太美江 23 矢野峰人 23 石田幹之助 23 新井 寛 23 鱸 利彦
昭和36年12月9日 日暦忘年会   日大教諭 大学先生 油絵画家
          9月会:昭和33年九月例会
23 小堀五奴 23 森 マ利 23 石川正雄 23 野田宇次郎 23 若木光一郎 23 加瀬正次郎 24 藤山鶴城 25 織田一磨
画家
25 石田之助
森 鴎外の子供 石川啄木の子供       日本画家
元画はアイヌが熊を
売って酒を
買い帰るところを
描いている
織田一磨先生
昔龍土軒の
マッチのラベル
描いた事ある
 
9月会:昭和33年九月例会   昭和26年5月3日 龍士会を偲ぶ会
25 野田太郎 25 福田靖人 25 稲垣達郎 25 川副図其 25 保 昌 正夫 25 渋川 睨 25 酒井森之助 26 大久保 ? 27 鳥居龍蔵
昭和26年5月3日 龍士会を偲ぶ会 昭和29年3月
不屈不例
山形県知事上京の折店に書いた
昭和10年6月25日
自助而自力
2日前より
中国より帰る学
28 三浦 環 谷底ライオン より

29 徳川義親

30 藤山鶴城 一草舎より

31 新田 潤

31 高見 順 31 円地文子 31 田宮虎彦 31 砂原 彪 31 大谷藤子
聲という字を書いている三代目、戦地に行く時日の丸旗に「聲」と
一字を書いてもらった
東方会館劇場に出る1時間前龍土軒に
来店して二代目の
ステーキを食べて
から・・・
聲がもつとのこと
昭和11年6月8日
時習会同窓会
(学習院)卒業生
15名出席
(小村侯爵の自画像)
あるお寺の小僧が酒を飲みそして「カメ」を頭にかぶったがそれが取れてしまった。
この様なことするのでないと云う教訓の
画である
昭和26年6月3日文藝雑誌日暦復刊記念の集い
31 石光 ? 31 千田? 31 渋川 ? 32 蒲原有明 33 鱸 利彦 33 笠置士男 33 淀井敏夫 34 百武力蔵 34 森島鶴二
昭和26年6月3日文藝雑誌日暦復刊記念の集い 昭和46年鎌倉山??
二代目、三代目2人で国木田独歩他マンガ一筆書き掛け軸の
裏書き
お願いにあがった時
書いてもらった
昭和19年9月4日油絵画家の集まり 百武様は
宮内庁侍従長されたかたである
 
              昭和6年4月11日第3回?講演会
???を偲ぶ
34 河島 信 34 広瀬 清 畑に家を
建てるまでより

34 林 武

Welcome to Kunchan's Sreakより

34 安井曽太郎
 

         
  第42代孫子美文
北白川宮様のお姫様
昭和26年11月13日
油絵画家二人集のサインの時
安井先生が先に書いたのが15分位かかった。そしてメガネ2つもった林先生は
後から書いたものが1分と
かからなかった。
各先生???
         
昭和6年4月11日第3回?講演会
???を偲ぶ
             

 

 

 

226事件のこと
明治33年:
洋食店「快楽亭」
イギリス大使館の横町を上がった所(岩村透)(柳田国男)

(蒲原有明・国木田独歩・田山花袋・生田葵山・岩野泡鳴・小山内薫・中沢臨川・武竹無想庵)
(正宗白鳥・島崎藤村・徳田秋声・近松秋江)

明治33年:龍土軒 木造二階建瀟洒な店。麻布新龍土町 岩村 透男爵、画家・音楽家・その他の芸術家
 風骨会→龍土会

明治41年国木田独歩が病にたおれ、川上眉山が不慮の死を遂げ龍土会も下降状態になり
 大正2年島崎藤村渡欧で消滅する。
第2回龍土会:大正4年7月から岩野泡鳴・正宗白鳥・田山花袋・近松秋江・小山内薫・上司小剣・
 徳田秋声・児玉花外)
「龍土会」→「パンの会」
旧白馬会:和田英作・岡田三郎助

(乃木将軍)

  日露戦争
龍土軒 戦後、故野田宇太郎先生が中心となられ昭和の龍土軒が誕生した。

昭和11年クーデター2,26事件(将校たちの密会の場所)

  あの大雪の朝、確かに私たちは歴史の側にいた。
「歴史の証人としてあなたが書くべきだ」と
  岡野のタケちゃんに言ってから何十年たったろう。
  二、二六は忘れがたい衝撃の朝だった。

                        [中山あい子]

第1次世界大戦

 

 

岡野菊松氏(一代目)
    茨城出身。フランス人外交官の家で働いて料理人の一歩を踏み出した。
  ご主人と奥様に料理とフランス語の指導を受ける。
  銀座の精新軒料理長、築地ホテルメトロポール料理長を勤め、
  お客様の勧めで英国大使館に料理人として勤めた。
  明治33年(1900年)英国大使館裏の降り口に「快楽亭」西洋料理店を開業。
  明治35年に麻布新龍土町に移転。屋号を地名から取り入れ「龍土軒」と改める。
  明治40年に洋館式建築落成開店とする。
       (残念ながら第二次世界大戦でこの建物は消滅する。)

 

岡野甚内氏(二代目)
   明治43年韓国釜山へ20歳で行く。
 大連のヤマトホテルにて料理の終業をして大正4年日本に帰国。
 帰国と同時に二代目龍土軒主人となる。
      (代二次世界大戦後一時期、高松宮邸内高輪光輪閣の料理長に就任)

 

岡野武男氏(三代目)
  @ 二代目父甚内より21歳まで料理の指導を受ける。
  A 昭和22年仏蘭西大使館邸の調理室に入る。料理長石川氏に指導を受ける。
    ジュネラルピチコツ大使閣下帰国と同時に退職。
  B 英国大使館調理師久保氏に指導
   (久保氏、初代龍土軒で修業された方で菊松から料理の指導を受ける。)
    昭和22年11月退職する。
 C 昭和23年7月1日付け、龍土軒三代目となる。

 

岡野利男氏(四代目)
  1952年8月、龍土町に生まれる。
 暁星学園中学部3年から国際学部(リセ)へ移りフランス語での学生生活をおくる。
 1970年渡仏、生涯の師であるムッシュ・ドラベーヌの(二ツ星)「ル・カメリア」
 で見習い、1973年CAP(国家試験)で最も優れた見習いコンクール料理部門で
 フランス全国四位を獲得。1974年フランス料理アカデミー会長を務めた大御所
 ムッシュ・オジエ「ローベルガードウ」その後「ホテル・リッツ」で働く。
 1976年南仏サントロペ近くの「レ・サントン」二ツ星。
 1978年パリ上がり調子の新しいレストラン「シベルタ』二ツ星。
   1981年三代目との約束で10年の修業終え帰国。龍土軒四代目となる。
 

 

 

文 壇
各ご芳名は「史」
明治・大正・昭和・平成  編集者:岡野武勇より
検索はYAHOO!より
発行所:講談社出版サービスセンター

龍土会:明治38年明治40年〜10年間)その後日露戦争:自然主義
明治35年麹町英国大使館裏通りに「快楽亭(後の龍土軒)」あり。
龍土会は麻布の新龍土町にてその名が生まれる。(明治38年〜大正2年まで)
後「パンの会」も生まれる。
国木田独歩明治41年(1908年)死亡・島崎藤村大正2年(1913年)渡仏。のため
衰退していたが
大正4年第2期の龍土会が開かれたが・・芳しくなかった。
その後、226事件に遭遇する。
田山花袋先生 ほら貝より

蒲原有明先生

里実文庫より

国木田独歩先生

柳田国男先生 小栗風葉先生 青空文庫より

生田葵山先生

文学者掃苔録より

小山内薫先生

中沢臨川先生 島崎藤村先生

木曽馬籠
清水屋資料館

文学者掃苔録より

武竹無想庵先生

くらしきどっととより

薄田泣董先生

長谷川天渓先生 文学者掃苔録より

川上眉山先生

いいねっと金沢より

先生

早稲田と文学より

正宗白鳥先生

巌谷小波先生 野田宇太郎先生 近松秋江先生
眉山風葉先生 窪田空穂先生 早稲田と文学より

吉江孤雁先生

文学者掃苔録より

上司小剣先生

早稲田と文学より

児玉花外先生

滋賀の本棚より

岩野泡鳴先生

文学者掃苔録より

平塚
らいてう
先生

歴史が眠る
多磨霊園より

岡野知十先生

牛込箪笥より

尾崎紅葉先生

早稲田と文学より

葉舟先生

江東先生 英 吉利先生 文学者掃苔録より

矢野龍渓翁先生

歴史が眠る
多磨霊園より

白石實三先生

石橋思栗先生 前田里子先生 岡村千秋先生 松波浮市先生
ようこそ西海小学校へ

加能作次郎先生

               

 

 

文豪・詩人・画伯・顕官
雲と集まり 舌鼓を打ち 談論風発
     そこは 龍土軒
SINCE 1900 正統派 フランス料理の店
                    池部 良
宮内庁ホームページより

三笠宮

高松宮

秩父宮

三笠宮家侍女長

山下敦子様

   

 

 

芸 術

西洋美術史学者
明治36年(1903年)男爵岩村 透「水弘会」作る

 

 

政 治

近代日本史の縮図:麻布一連隊と三連隊の将校達および
近衛歩兵第三連隊皇道派青年将校1400人

クリック20世紀より

@

A

クリック20世紀より

 中野正剛

乃木将軍

国防研究会
図書室より

山下奉文将官殿  

クリック20世紀より

 江木 翼

 野中様 風が通り抜ける
街で・・・ より

安藤輝三

相沢三郎中佐  東方会の木村様
サイトマップより

 清原少尉

松代屋重五郎より

永田鉄山局長

永沢連隊長
(昭和14年
10月25日)
近歩五連隊旗手

浅野少尉

近歩五連隊旗手

重松正彦少尉

       

 

 

お世話になりました
(元)東京大学生
産技術研究所

村松
貞次郎 
先生

グーテンベルク
21より

中村白葉先生

黛 敏郎先生 秋山徳蔵様  中村芝翫の
ご母堂様
荒井なみ子様 豊川閣妙巌寺
三十三世

福山諦法方丈様

(故)岸 衛先生 ランチョンマットの配置
ONHK初代パリ局長

 高橋
邦太郎先生

ハウス食品工業(株)

(故)浦上郁夫
取締役社長

(元)丸善 
本の図書館長

鈴木陽二様

日進ハム
鈴木社長
元ネパール王国
皇太子

リンドレラ・リル・ピクラム殿
15年没)

日仏工業技術会長

舟久保熙康

(財)浦上食品食文化
振興財団理事長

浦上節子様 

池 部 良
(池辺少尉)
蒲原 正様  柳田為正様 
柳田芳秋 現在北海道東海大学
芸術工芸部
デザイン科講師

井筒明夫様

遠藤英毅先生 中山あい子様  三國一朗先生  浅野祐吾 重松正彦様 (有)京屋 梅鉢 

高橋 稔様

(株)講談社
「小説現代}
編集部編集次長

玉川総一郎様

(株)
講談社出版サービス
センター
出版部々長

田村謙蔵様

(株)
講談社出版サービス
センター 出版部

楠生将義様

             
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